飛騨の牛肉は、彼女の舌の上でとろけただろうか? 第二夜

「全く。

サイソクを、するもんじゃないよ、キミ」

僕はそう呟いて、

今釣り上げたばかりの見事な獲物を、

苦虫を噛み潰したような

顔をした瀬山に掲げてみせた。

「結局な、バス釣りと一緒さ」

賑やかな魚籠に獲物を放してから

聴こえない振りをして仏頂面をしている瀬山に

お構いなしで語り続けた。

「万端の準備をして、後は待つだけだ」

ああ、楽しい。楽しいなあ。

「解ってんだよ、偉そうに。お前が言うな」

つまらなそうにリールを巻き始めた瀬山を横目で観る。

「ほら、引いてないのに巻くんじゃないよ

プレッシャーを懸けたって、釣れるもんじゃないだろうが」

「うるせえ、ネガカリだ。餌変えるんだよ」

「まあ、好きにしろよ」

ほっといてやろうと思ったが、もう少しいじってやるか。

「奈江子さんのコメを見ろ

あれは優秀なミクトモだぜ

楽しみにしています!の一言だけで

後は黙って待っててくれる。

その後駄コメや長文や足跡でプレッシャーかけたりしない

全く、野菊のようなミクトモさんだ。ありがてえ

キーボードを叩く手が弾むってもんだ、

お前も少しは見習えよ。」

つぶやきながら出来上がった仕掛けを

ピンポイントでキャストした。

「腹をすかした赤子を背中にしょったままじゃ

フィッシャーマンも調子が出ないってもんだぜ」

あ、ちょっと決まったな、今ぼく。

「何言ってやがる」

釣り上げた水草を足元に叩きつけて

クネクネといつもの瀬山の愚痴がはじまった。

「俺はそんなに暇じゃないんだよ、仕事も忙しいしな

だいたい、俺のコメは助け船なんだよ

盛り上げてやってんだよ

それをデブだのハゲだのインポだの

毎回言いやがってエロイムエッサイム。」

「おいおい、呪詛を吐くなよ。」

その言い草につい笑ってしまった。

「協力者みたいな言い草しながら怨念を吐く編集者がいちゃ

江口寿史だって仕事が進まずピンクの鰐をみる、ってもんだぜ」

ついでだからココでサラッと語っておくか。

「それにな、デブは言ったがハゲとインポは言ってねえぞ

なんせハゲとインポは、抗えない血の呪いだからな。

それを責める程 僕は悪徳ではないよ。

だけどねえ、肥満は怠惰だ。

怠惰と暴食はキリスト教でも七つの大罪の一つに数えられてるんだぜ。

そこをいじるのは それこそキミ、

君の健康と寿命に対する助け舟、ってもんさ。

それに対して怒りを覚えたら、さらに憤怒の罪が加わるってもんだ。」

「うるせえ、どうでもいいよ。

だいたいお前、今回は飛騨の牛肉がどうして世界一なのか、を

語るはずだったろうが。

おれがこんな風に助け舟を出さなけりゃ、どうせまた

それっきりにして逃げ出すつもりなんだろが。」

「お、いいとこに食いついてくれたな

さっそくだが、今回はもう一本用意した。

お前が欲しがってたのはコレだろ、持ってけ。

今書いてるのは第二夜、

お前がしつこく催促するから書かざるを得なかった

言わばスピンオフだ。

そして飛騨の牛肉が上手い理由が、続いての第三夜だ。

ここで先に第三夜を読んでもいいし、このままオチまで読んでも構わない。

今回はそういう趣向だ。

まあ僕も、毎回投げ出してしまうような歳でもないぜって決意なんだよ」

「ほう お前も少しは大人になったって事か

どれ直しと意見を述べてやるから見せてみろ」

「いや、直しとご意見はいらねえ

もう書いちまったし直すつもりもないからな

だいたい君、毎回その足元の水草みたいなゴミを

釣り上げるばっかりじゃないか。

スピンオフ書く手間が増えると話が進まんよ、全く。

とは言え、だ。

最初の構想通りに書くのもつまらんもんで、寄り道もたまにはいいもんだ。

その君の足元の 長靴みたいに、な。」

「うるせえ」

瀬山は不機嫌そうに先ほど釣り上げた足元の長靴を蹴り飛ばした。

「まったく、あの時の君の顔ったら、なかったぜ

焦りと苛立ちから、慌てて引けば引くほど、足の部分の水の抵抗で

大物の引きに感じたんだろうがよ?

俺も気遣いからタモで助けちゃったりして

2人で長靴を吊り上げた、あの時の君の顔と来たら、全く。」

「うるせえよ、まあ見てろ 

俺にも、お前には想像も付かない「考え」ってもんがあるんだよ

次は吠え面かかせてやる、まずはこの駄文を読んでから、な。」

「ま、その「考え」とやらも

正直なところ僕にはまったく想像もつかないってわけじゃないんだけどな」

「今回のコレも、そう悪い形じゃないしねえ」

そう言いながら、僕は賑やかな魚籠に新たに釣り上げた獲物を放す。

「なあ瀬山。デジタルデータがどのぐらい残るものなのか

想像したことはあるかい」

「しらねえよ」

「まあ、そうだろうな

でも、もしかしたら十年後百年後、いや千年後に誰かがこれを読んでいるかもしれない。

その時に、野菊のような奈江子さんのコメと、僕のパンパンの魚籠と、

君の足元の水草と長靴を観て、彼らはどんな事をかんじるんだろうねえ?」

「それどころじゃねえんだよ、俺は」

「そうだろうな。だから、君は飛騨に牛肉を食べに行ったほうがいいんだよ」

「俺には俺の考えとやり方がある」

「まあな。 ホレ、ひいてるぜ、合わせろよ」

「ほれみやがれ いま、俺のやり方で吠え面かかせてやるぜ!」

全く、その時の瀬山の顔と言ったら。

そしてそれは、とても見事な大きさと、形の・・・